2025年も、もうすぐ終わりですね。
双子の成長に振り回されながらも、笑って、焦って、なんとか毎日を走り抜けた一年でした。
仕事も家庭も、うまくいった日もあれば、全然ダメだった日もある。
そんな“父親あるある”を積み重ねてきた中で、僕の心に一番強く残った出来事があります。
それは、妻から放たれた 「不公平感」 に満ちた、あの一言でした。
「自分のことばっかりしてないで、子供たちを見てよ。 あなたがスマホを見てる間、子供が危ないことをしないか見てるのは、全部私なんだから」
楽しい一年だったはずなのに、この言葉だけは胸に深く刺さったまま。
そして振り返ってみると、僕は“父親としての見当違い”にようやく気づくことができたのです。
今日は、そんな僕がどうやって家族の信頼と、本当の意味での「自分時間」を取り戻していったのか、2025年の締めくくりとして書き残したいと思います。

1. 「そばにいるだけ」は育児じゃなかった
4月、1年半の育児休暇を終え、妻の職場復帰を控えていた頃。
「育児も家事も、できる限り分担しよう」と気持ちを新たに意気込んでいた僕は、妻がいなくても子供たちの面倒を見られるように頑張っているつもりでした。
でも、子供のそばに座りながら、手元ではスマホ。
「体はここにいるし、子供も機嫌よく遊んでいる。だから、この間ぐらい自分の時間にしていいだろう」
と、思い込んでいたのです。
しかし、妻の視点はまったく違いました。
僕がスマホに意識を持っていかれている間、妻はずっと子供を見ていて、
- 「角に頭をぶつけないか」
- 「変なものを口に入れないか」
と、神経を張りつめていた。
そして、育児をしているつもりの僕に、こう言いました。
「あなたが好きなことをしている間、誰が子供の安全を守ってると思ってるの?」
「スマホばかり見ていて、子供たちが“遊んでほしい”って出してるサイン、見逃してない? これから私がいないときは子供たちを任せるんだから、しっかりして」
その言葉に、ぐうの音も出ませんでした。
僕は“育児に参加しているつもり”で、実際には子供を見ておらず、今までどおりスマホを触りながら自分だけの「時間」を楽しんでいたのです。

2. 「真の自分時間」を作るための、狂気的な最適化
妻の指摘を受けて、僕は決めました。
「育児中は100%子供に向き合う。その代わり、別の場所で本物の自分時間を生み出す」 と。
そのために、2025年後半、僕が取り組んだ“最適化”は、仕事、育児、趣味、あらゆる場面の生活の見直しでした。
代表的なものを挙げると、次のような感じです。
① 仕事の時間を「前倒し」する
お風呂や寝かしつけという“最も重い時間帯”に妻を一人にしないため、働き方を根本から見直しました。
早朝から仕事を始め、定時で即帰宅。
「朝と夜の家庭を回す」 ことを軸にスケジュールを組み直しました。
② 朝のルーティンを「固定化」する
通園までの流れで迷う時間をゼロにするため、朝のタスクを完全にルーティン化。
決まった時間に決まった動きをするだけで、朝のイライラとタイムロスが劇的に減りました。
③ 最新ツールとAIの活用
掃除ロボット、コードレス掃除機(ダイニング横に常駐)、食器乾燥機、衣類乾燥機を導入。
そして仕事ではAIをフル活用して効率化を徹底。
テクノロジーで浮いた時間は、すべて 「家族の時間」 か 「夫婦の時間」、そして 「自分時間」 に回しました。
④ 妻との「対話と改善」のサイクル
妻が育児休暇から復帰してすぐは、頭で考えたルールでは失敗することも多くありました。
家事・育児を回すために、お互いの仕事を意識しながら、普段の生活の仕組みを話し合ってアップデートする日々。
喧嘩にならないように、どちらかに偏りがないように。
父親が大黒柱なんて思わず、妻もしっかり稼いでくれている。
だから仕事は言い訳にしない。
妻の「不公平感」を溜めないために、改善のサイクルを回し続けたことが、今年一番の収穫だったかもしれません。
3. 振り返れば、そこにあった「自由」
必死に仕組み化を続けた結果、2025年の終わり、僕は育児も仕事もそこそこ回しながら、自分の時間を持てる場所に立っていました。
育児中はスマホを置き、双子と全力で遊び、笑い合う。
そして家族が寝静まった深夜や、早朝の静寂の中、誰にも後ろ指を指されることなく、100%自分のための時間を使う。
その時間は2時間ほどですが、ブログを書いたり、筋トレをしたり、ゲームをしたりすることができます。
妻も文句を言ってきません。子供たちも「遊んで」と言いません。
今年こうしてブログを続けられているのは、育児をさぼったり、深夜まで執筆する根性があったからではありません。
妻の言葉によって自分の見当違いに気づき、必死に仕組みを整えた結果、
「心から自由になれる時間」 が自然と生まれていただけなのです。
おわりに

2025年。
僕は自分が理想とする「父親」に、ようやく近づいた気がします。
自分の自由時間を、まず子供のために差し出す。
その覚悟を決めた時、最初はとにかく自分の時間が無くなったことに苦痛を感じました。
でも、その中で工夫を繰り返すことで、本当の意味での自由が手に入りました。
来年も、スマホの画面越しではなく、目の前の双子の成長を一番近くで見守りながら、夜の静かな自分時間を大切にしていきたいと思います。