衣替え論争から見えた大切なこと
朝、子どもにどんな服を着せるか──
季節の変わり目って、毎日ちょっとした迷いがありませんか?
先日、わが家でも、妻とちょっとした“ずれ”がありました。
「え、もう長袖?まだ暑くない?」
妻が子どもたちの衣替えをしているのを見て、思わず口にしたひと言です。
日中は汗ばむ陽気。僕の頭には「?」が浮かびました。
でも妻は「ううん、朝晩は冷えるから」と、黙々と作業を続けていく。
子どもたちはまだ2歳。暑いも寒いも言葉で伝えられない。
だから、服装は私たちが決めるしかない。
僕は“今日の気温”しか見ていなかったけれど、
妻は“この子の生活”を見ていたんだなと、後から気づきました。
そんな朝に起きた、ちいさな“衣替え論争”の話です。
“ちゃんとやってるつもり”だった父親
僕は、ネットで「気温20度なら長袖」「秋は重ね着が基本」なんて情報を見て、なるほどと思っていた。
たとえば、こんな情報が並んでいる:
- 気温が20度前後なら、長袖+薄手の羽織りが安心
- 朝晩の寒暖差がある日は、重ね着で調整
- 保育園では動きやすい服を優先
- 汗をかきやすい子には通気性の良い素材を
- 女の子は冷えやすいので、足元を冷やさない工夫を
どれも「納得」できるし、実際に参考になる。
だからその日も、「半袖でいいんじゃない」と軽い気持ちで答えていた。
でも妻は、「そうだけど…」と少し言葉を濁して、こう言いました。
「保育園の冷房が結構寒かったから、気になるの」
「〇〇ちゃんは先週体調が悪かったし、朝も鼻水出てるから、長袖長ズボンにしよう」
「□□くんは元気に走り回るだろうから、半袖長ズボンにしよう」
その理由を聞いて、僕は黙るしかなかった。
昨日の寝汗、朝の顔色、保育園の室温、活動量まで見ていた。
その瞬間、自分の“育児のネット情報”が、やんわり修正された気がした。
「あれ、俺…この子のこと、ちゃんと見てなかったかも」
妻が見ていた“少し先の景色”
僕は「気温」「データ」「一般論」を見ていた。
でも妻は、“この子”を見ていた。
子どもたちの一日を想像して、それに合った服装を選んでいく。
そんな妻の行動には、尊敬するしかなかった。
僕が「今の気温」だけを見ていたのに対して、
妻は“その子の一日”で考えていた。
ネット情報は便利だけど、それは“一般論”でしかない。
本当に必要なのは、“この子”を見て決める力なんだなと、気づくことができた。
悩むことが、親である証
たった服一枚のことなのに、毎朝悩む。
それは「この子にとって、今日を快適に過ごせるか」を考えているから。
ネットは参考になるけど、今のこの子にぴったりとは限らない。
改めて、服選びに正解はないと感じる日だった。
だからこそ、毎朝悩む。
その悩みこそが、親である証なんだと思う。
そして、僕には見えていなかった景色を、妻が見てくれていたこと。
そのことに、静かに感謝した朝でした。